大事なのは、計画やイメージ・資料などを出す『タイミング』です。
(※もちろん、住民の意見が反映されていることが前提です)
せっかくの立派なアイデアも、タイミング/プロセスを間違えれば活かされずに終わります。
雄勝の場合、プロセスが決定的に違いました。
大学の先生の案を批判しているのでなく、何で今頃出すの?ということです。
昨年秋の説明会以降、「伊勢畑の山は造成しても数軒しかたたない」「山公園を切り開いても10軒だけだ」「雄勝中の裏山も津波があがっているからだめだ」「雄勝の山の造成には5年以上、いや10年かかるかも」「そもそも雄勝の山は固くてもろいから危なくて住めない」「私は〇〇(町外)に家を買った、住めば都だ」 など、雄勝の中心部にはもう住めないような説明を繰り返し続け、今年2月の説明会では、「雄勝の中心地には住む所は用意しません。あなた方の住むところは2~4km山奥の原地区です」と実際に、雄勝中心部の非住化計画案まで、図面付きで発表がありました。
そして、それ以降、中心部について具体的な進展がないままで、今年6月に最終意向調査として、雄勝に戻るかどうか結論を出させてしまっています。 その結果が「中心部に戻らない:85%」です。
そこまで終わったうえで、今年8月になって、「雄勝未来会議」と称して、雄勝の中心部が生き返るような素晴らしい復興計画、立派な公営住宅のイメージを見せられたわけです。
『いまさら、何なの?』と、避難者が思うのも無理ないです。
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東北大学雄勝スタジオが描いた中心部のイメージ図 |
まるで雄勝から人を追い出すような計画を進めながら、同時に「雄勝を活性化させよう」と多くのアドバイザーの方が来られても、理解に苦しみます。 住む人がいてこそ、活性化の意味があります。
東北大学は小野田先生を筆頭に昨年5月から石巻市と復興計画で提携しているのだから、市の計画はほとんど関与されていたと思います。ちょっと雄勝に寄って案を考えてみました、というレベルでないゆえに、なぜ今頃、このような案を出されるのかは、やはり理解に苦しみます。
タイミング、ということを無視していえば、
個人的には、(高台移転強制という条件しかないという前提であれば)説明会で東北大学が発表された案はとても魅力的だと素直に思います。配置などもよく考えられていると思います。これならば、他の被災地の一部であるような、山の上に限界集落だけができる高台移転でなく、100世帯が比較的納得して住む集落が形成されるのではないでしょうか。 伊勢畑に100世帯、雄勝中ウラと原地区合わせて200世帯にもなれば、中心部に600人程度住むことになり、商業も成り立ちます。
いずれにしても、後の祭り、でしょうか。
最初からこのような案が出ていればなぁ、、、と吐き捨てるように言う仮設住宅での声にも元気がありませんでした。
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