避難先の方々からのお話同様、この場でのコメントひとことひとことにも胸が痛みながら聞かせて頂いております。
おっしゃる通り、住民の意見をすべて聞いてから計画を決めるなど不可能です。
他被災地を見るまでもなく、個々人の主張を整理してまとめることで必ず対立意見は出ます。予算の先取りや復興を必要以上に遅らせないためには、時には、大英断で『こうする』と決めてしまうことも必要だと思います。
残念ながら、これまでの行政の姿勢は、極端に住民の意見を聞かない、あるいは意図的に無視する姿勢に偏っていたので、私が住民側の意見を聞いてほしいと強く伝えているのは事実です。
行政側が「俺は(浸水した)元の所に住みたいなんて奴は一人も聞いたことねぇ。いるなら連れてきてみろ」(H23.10.14)という態度で住民に対峙している限り、良い復興にはならないと思うのです。昨年6月の全世帯アンケートを見ればそんなことはないのが分かるはずなのですが、わざとそういう態度に出るのが残念です。
※誤解なきように、高台に住むという選択があることは当初から否定したことはありません。
元の地区以外に移転候補地を望んでいないこともアンケート結果に出ています。
にもかかわらず中心部を原地区に集約する案でまとめようとした事に対して、一部の住民が猛反発したことはどうでしょう?彼らがはっきりと言わなければ、今の計画にある伊勢畑や雄勝中ウラの候補地もなかったはずです。そうなると、雄勝に戻りたいと思う方のうち何人が戻って来る選択ができたかどうか。
それぞれの事情や考えで、もう雄勝に戻るのは難しいと選択されることも否定するわけではありません。そのような方にも、できるだけ良い条件で移転できるように、多くの意見を反映させるべきだと思っています。
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たとえば、防災集団移転促進事業によって石巻市街地や河北地区への移転を選択される方について、さらに予期しない事態が起ころうとしています。
蛇田地区などへの移転は、中心部の移転地確保困難などの事情で旧石巻市民が優先されることは、先日のおがつ新聞にもお伝えしたばかりですが、今度は『河北地区への移転についても旧河北町民が優先されます』と、雄勝の方が市に聞いた際に返答されたとの事実が明らかになっています。昨日の石巻市震災復興推進会議でも河北地区の用地交渉が難航していると説明がありました。
石巻市が公表した、半島部における意向調査結果。(表を押すと拡大します) 河北地区では約200世帯(河北187+旧市内7)が移転の意向に対し、 雄勝地区では約250世帯(河北119+旧市内127)が移転の意向という結果。 河北への移転候補地は、ともに上品の郷の前あたり、と説明されている |
学校や病院、普段の足などの理由で、やむなく雄勝を離れる選択を取らざるを得なかった方々にとって、石巻は無理、河北も後回し、という扱いをされる理由はどこにあるのでしょう?
仮設住宅入居の際のように、散々待たされた挙句に、候補地がないからといって、地域のまとまりもなく離散ということになる可能性はないでしょうか。そんな扱いをされ待たされるなら雄勝でもいいや、と思っても、雄勝を選ぶ期限は今年の11月でおしまいです。後から騒いでもまた、あとの祭りです。
そうなると、本当に行き場を失ってしまうのです。
雄勝難民なんて冗談はありません。
北上、牡鹿、河北では旧町内に移転する方が大半なのでこのような心配はありません。何も言わないでいると、被災地全体からみて宮城県の石巻市のほんのわずかな避難者が困っている、という程度にしか扱われないことになりかねません。
このような事態になる前に、最低限でも住民の声を伝えていくことは必要と思っております。